衆院選にみる安倍晋三の凋落

世相閻魔帳㉑「顕正新聞」令和3年11月25日号

 自民党最大派閥の清和政策研究会(清和会)は今月十一日、表向き「全会一致」で安倍晋三元首相の派閥復帰と派閥会長就任を正式決定した。これにより清和会は「安倍派」と呼ばれることになった。
 もともと安倍は清和会に所属していたが、平成二四年九月、当時同会の会長だった町村信孝(元衆議院議長)が自民党総裁選への出馬を表明した際、安倍は町村からの支援要請を拒否した挙句、自らも総裁選への出馬を表明するという裏切り行為に及んだ。
 安倍のせいで清和会は分裂選挙に陥ったが、七割程度が会長の町村支持でまとまっていたという。当然だ。平成十九年七月の参院選民主党に惨敗した後、「お腹痛い」と言って第一次政権を投げ出した〝前科〟のある安倍に期待する方がおかしい。
 しかし、最終的には他派閥の麻生、無派閥の菅をはじめとする質の悪い輩どもから支持を集めた安倍が総裁選に勝利。その後、安倍は清和会を離脱した。
 八年近くも総理大臣を務めた安倍が清和会に復帰して派閥会長になることに執心した理由は、今回の衆院選(令和三年十月三一日)で安倍の不人気ぶりが露呈し、自身の政治生命に黄色信号が点滅し始めたからと推察される。

過去最低の得票数

 実は、今回の選挙における安倍の「得票数」(得た票の数)と「得票率」(選挙区内の投票数に占める得票数の割合)は、過去の安倍自身のそれと比較して散々な結果だった(表①参照)。
 得票数は8万448票と前回から2万4千票も減少、現在の選挙制度下では安倍にとって過去最低の得票数だった。得票率も直近三回の選挙では超えていた70%を下回っている。
 安倍が今回の選挙戦をテキトーに戦っていたのかと言えば、決してそうではない。
 これまで選挙期間中は他の候補者の応援で全国を飛び回っていた安倍だが、今回は十二年ぶりに自身の選挙区で第一声を挙げたという。並々ならぬ気魄が伝わってくる。
 また、選挙戦の終盤には〝極右の女神〟こと櫻井よしこが安倍の選挙区に入り、「安倍さんを全国一の得票で当選させましょう」「三回目の総理大臣になっていただきましょう」などと、安倍への投票を力強く訴えていた。
 このように、安倍は今回の選挙戦を過去の選挙戦以上に力を込めて戦ったにもかかわらず、得票数を前回から2万4千票も減らしてしまったのだ。
 ちなみに、あるジャーナリストは、安倍の悪政を暴いた「顕正新聞」特集号が選挙区内で大量配布・投函されたことが、安倍の得票数減少に影響をもたらした一因との分析を紹介していた。
 ついでに、今回の選挙で得票数・得票率が高かった自民党議員と安倍とを比較してみた(表②参照)。
 「得票数」全国一位は21万票超を獲得した河野太郎。安倍が前回の選挙から2万4千票も減らしたのに対し、河野は5万票以上も増加させた。得票率も約80%と相当高い。
 「得票率」全国一位は約84%で石破茂。安倍と約15%もの大差をつけている。森友問題の再調査を主張する石破の人気は、安倍にしてみれば心中穏やかならぬものだろう。
 その他、相変わらずブレブレの岸田首相や無能なポエマーの小泉進次郎すらも、安倍よりも高い得票数・得票率で当選を果たしている。もはや安倍は「過去の人」、その凋落・不人気ぶりは明白だ。
 このような為体では、櫻井よしこら極右勢力が猛プッシュしている安倍の「三回目の総理大臣」など夢のまた夢。寝言は寝てからにしてほしい。

不人気ぶりを露呈

 加えて、今回の選挙で「投票率」(有権者のうち投票に行った人の割合)が全国最低だった選挙区は、安倍が出馬した山口4区(48.64%)だ。なんと前回から約9%も低下している。
 要は、これまで安倍に投票していた地元有権者たちは、安倍の悪政と言動に嫌気がさして安倍に投票することはせず、さりとて野党議員は支持できずということで、投票に行かなかったのだろう。
 ちなみに、明年以降の衆院選から山口県の選挙区は四つから三つに削減されるが、今回同県から出馬・当選した四名の自民党議員のうち、得票数・得票率ともに最低だったのは安倍だ(表③参照)。
 己の地盤で不人気ぶりを露呈した安倍は焦燥感に駆られていることだろう。
 ゆえに、自身の政治生命を死守すべく自民党内での影響力維持を画策し、清和会会長の細田博之衆議院議長への就任に伴い会長を辞任したタイミングで同会に復帰し、まんまと会長の座をかすめ取ったと思われる。何とも質が悪い。

 浅井先生は「法を知り国を思うの志」特集号において、安倍の世法上の失として六つの悪政と、仏法上の失として「神国日本を作らんとする画策」を挙げられて痛烈に喝破されたが、亡国の政治家の典型というべき安倍を一刻も早く政界から追放しなければならない。(天皷)