世相閻魔帳

顕正新聞のコラム「世相閻魔帳」

安倍の〝おもちゃ〟にされた河井案里

世相閻魔帳㉙「顕正新聞」令和4年2月25日号

 令和元年七月の参院選で発生した「河井事件」(大規模買収事件)の犯人であり、すでに公職選挙法違反で有罪(懲役一年四ヶ月、執行猶予五年)が確定して当選無効となった河井案里が、令和四年一月二十日、都内の自宅マンションにおいて睡眠薬を大量に服用して自殺を図り、救急搬送された。命に別状はなかったという。
 公判で案里は、長らく「うつ状態」で適応障害を患っている旨を供述していたが、事件発覚後は症状悪化に拍車がかかっていたように窺われる。
 夫の克行も懲役三年、追徴金一三〇万円の実刑判決が確定。現在は塀の中にいる。
 犯罪に手を染めた河井夫妻に同情の余地はないが、後述する事情を考慮すれば、河井夫妻(殊に案里)は安倍晋三の私怨を晴らすための「捨て駒」に過ぎなかったとも言い得る。

河井事件の発端は安倍の私怨

 河井事件の発端は、安倍が〝仇敵〟である溝手顕正氏(国家公安委員会委員長、防災相、自民党参議院議員会長等を歴任した自民党重鎮)の落選を画策したことにあると言われている。執念深い安倍は、平成十九年の参院選で惨敗した際、溝手氏から「首相本人の責任」と批判され、平成二十四年二月には「もう過去の人だ」などとこき下ろされたことをずっと根に持っていたという。
 令和元年七月の参院選で広島選挙区に溝手氏が立候補すると、安倍は溝手氏を落選させるため、自身の補佐官を務めた克行の妻・案里を溝手氏と同じ選挙区に〝刺客〟として送り込んだ。
 安倍と克行の関係は、平成二十四年の自民党総裁選の際、克行が「安倍支持」を早々に表明して安倍陣営に入り込んだことに始まったと言われている。そこでの働きぶりを安倍に評価されたことで、克行は第二次安倍政権の中枢に食い込むことに成功。それまで克行はパッとしない政治家だったが、安倍のおかげで世間からの注目度もアップした。
 かかる経緯ゆえに安倍に諂う克行は、安倍の意向を汲み、溝手氏を落選させて案里を当選させるべく、約二九〇〇万円をバラまいて票の買収をする犯罪に手を染めた。
 買収原資は、自民党本部が河井夫妻に提供した異例の大金「一億五千万円」の可能性が高い。この大金は党本部と言うよりも、当時総裁だった安倍が提供したと言うべきだろう。
 党本部からの一億五千万円の支出をスッパ抜いた「週刊文春」は「党の金の差配は幹事長マターですが、河井陣営への1億5千万円にのぼる肩入れは安倍首相の意向があってこそです」との自民党関係者の話を紹介している。実際、カネが振り込まれる度に、安倍と克行は単独で面会していた。
 安倍も安倍事務所から筆頭秘書・配川博之ら複数名を広島に派遣し、克行からカネを受け取った相手のもとを訪問して案里の支援を要請して回らせたり、自ら広島に駆け付けて案里の応援演説をしたりと、溝手陣営の切り崩し及び案里の支援に全力を尽くした。
 地元の政界関係者は「この安倍事務所の秘書らが先頭に立って、溝手氏の支持団体を切り崩し、次々と案里陣営に寝返らせていった。また、案里氏の応援演説の際には、溝手氏の所属派閥代表で広島県連のリーダー的存在でもある岸田氏を自分と一緒に立たせ、案里氏を応援させるという、ありえないことまでやっていた。このときは、そのかわりに、安倍首相は横で満足そうに『令和の時代のリーダーは岸田さんだ』ともちあげていましたが……」と証言していた。
 結果、安倍が総力をあげて支援した案里が当選し、溝手氏は落選した。しかし、買収の事実が露見したことで河井夫妻は刑事訴追され、夫妻揃って有罪が確定した。

権力闘争のおもちゃ

 先日出版されたノンフィクションライター・常井健一氏の書籍「おもちゃ 河井案里との対話」(文藝春秋)には、案里が常井氏に送信したメールの一節が紹介されていた。
 「黒川さんも私も同じように権力闘争のおもちゃにされてしまって、権力の恐ろしさ痛感します」と。
 常井氏は、案里の中には「黒川が検事総長になれば、自分の嫌疑も晴れるかもしれないという淡い期待もあるように思えた」と前記書籍に記している。
 思うに、河井夫妻が大規模かつ大胆な買収行為に及んだのは、それが「溝手氏を落選させる」という安倍の意向に沿うものである以上、犯行が露見したとしても、安倍と「官邸の番犬」が守ってくれるという安心感のようなものがあったからではないだろうか。
 もっとも、黒川は「賭けマージャン」発覚を受けて辞任、賭博罪で略式起訴されて罰金二十万円の略式命令を受けている。黒川が辞任したことで自身の様々な疑惑を追及されることに恐怖した安倍は、令和二年八月、仮病を使って首相を早々に辞任する〝緊急避難〟に及んだ。かくして河井夫妻を守る者は消え失せ、断罪されたわけである。
 余談だが、克行は幼少の時にキリスト教の洗礼を受け、一日に二度の祈りを欠かさず、ローマ教皇の来日実現に向けて奔走するほどゴリゴリのクリスチャンだという。
 克行は公判でも「神の前で誠実であることが第一」などと世迷い言を吐いていたが、令和三年九月二十二日、夫妻連名で自民党に〝買収原資は一・五億円ではない〟と結論付ける欺瞞だらけの報告書を提出している。〝誠実さ〟など欠片もないではないか。
 どうやら克行にとって、今なお安倍は自身の信仰対象よりも上位の存在らしい。安倍からすれば、河井夫妻ほど扱いやすい「おもちゃの兵隊」は無かったことだろう。

安倍の冷酷さと無責任

 安倍の冷酷さは「森友事件」の対応を見ても一目瞭然だ。
 安倍は「私や妻が、もし小学校の設立や国有地払い下げに関与していたら、総理大臣はもとより国会議員も辞任する」と答弁して大見栄を切ったが、その直後より財務省で公文書の改ざんが行われ、改ざん作業を強いられた近畿財務局職員は自責の念に耐えかねて自殺してしまった。
 財務省の調査報告書には、安倍の答弁が改ざんの発端となった旨が記載されているにもかかわらず、安倍は「答弁が改ざんのターニングポイントとは(赤木氏の)手記に書いていない」と平然と開き直っている。これほど冷酷な政治家は他にいないだろう。
 また、安倍は河井夫妻が逮捕されたあとの記者会見でこのように述べている。
 「本日、我が党所属であった現職国会議員が逮捕されたことについては、大変遺憾であります。かつて法務大臣に任命した者として、その責任を痛感しております。……この機に、国民の皆様の厳しいまなざしをしっかりと受け止め、我々国会議員は、改めて自ら襟を正さなければならないと考えております」
 よくも、いけしゃあしゃあと他人事のように言えるものだ。現職の国会議員二人が公職選挙法の買収の罪に問われて同時に逮捕され、ことに夫の克行は前法務大臣という前代未聞の事件である。
 しかも、この事件は安倍が己の私怨を晴らすために二人を利用したのではないのか。安倍は、河井夫妻の哀れな末路を見ても何ら痛痒を感じないだろう。もはや河井夫妻のことなど頭の中に一ミクロンも残っていないのではないか。
 この男には、政治家として国家・国民を思う志など微塵もなく、ただ国政を私物化してオトモダチを優遇するだけの個利個略しかない。しかも、己に累が及ぶとなれば子分ですら切り捨てる。
 このようなゲス男が未だに政界で幅を利かせていること自体、日本にとって害でしかない。日本を穢す汚物は早く塀の中にぶちこむべきである。(天皷)