世相閻魔帳

顕正新聞のコラム「世相閻魔帳」

アベノミクスで日本を危機に陥らせた安倍の襤褸隠し

世相閻魔帳70「顕正新聞」令和5年4月25日号

 前号の本コラムでは「安倍晋三回顧録」(中央公論新社)について「安倍政権の歴史を都合よく虚飾した典型的なプロパガンダ本」と指摘したが、今回は安倍政権の政策の「一丁目一番地」たる「アベノミクス」に関し、安倍が「回顧録」でどのように触れているかを紹介したい。

事実上の「財政ファイナンス

 アベノミクスとは、第二次安倍政権が「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」を「3本の矢」として打ち出した経済政策である。
 ことに大規模な金融緩和で円安に誘導して輸出大企業が大儲けすれば、その儲けが下請けや中小企業に波及して賃金上昇や消費拡大に繋がり、国民の暮らしが良くなるという「トリクルダウン」(富がカネ持ちから低所得層に徐々に滴り落ちるとする理論)が起こると安倍は強調し、無知な国民に「アベノミクスで日本経済が回復できる」と錯覚させた。
 だがアベノミクスにおける異次元金融緩和の本質は、財政法第5条が禁止している事実上の「財政ファイナンス」(政府が借金をするため新たに発行した国債中央銀行に直接引き受けさせること)に他ならない。
 このことは安倍が政権奪還を果たした平成24年12月の衆院選期間中、「建設国債をできれば日銀に全部買ってもらう」「輪転機をぐるぐる回し、日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」などと露骨に叫んでいたことからも明らかだ。
 先進各国が財政ファイナンスを「禁じ手」としているのは、これを行えば政府の財政規律は失われて通貨の増発に歯止めがきかなくなり、天文学的なハイパーインフレに襲われる恐れがあるからだ。

アベノミクスの指南役

 しかし目先のことしか考えられない浅はかな安倍は、国家の財政・金融・経済のことを思ってアベノミクスを真っ当に批判する者を許せなかったようだ。
 回顧録で安倍は「当時の日本経済団体連合会経団連)会長からも、無鉄砲な政策と言われてしまいました。自民党総裁の掲げた政策をそこまで言うか、と思い、経済財政諮問会議の議員から外れてもらいました」などと、己に楯突く者を平然と排除する幼稚極まりない言辞を弄している。
 こうして安倍はアベノミクスの指南役としてエール大学名誉教授の浜田宏一内閣官房参与に任命したほか、自民党が下野していた頃から安倍の金融緩和論を評価していた黒田東彦(当時、アジア開発銀行総裁)を日銀総裁に据えるなど、アベノミクスに肯定的な者たちだけで周囲を固めた。
 回顧録には「アベノミクスを支えてくれた経済学者の存在は不可欠でした。浜田宏一エール大名誉教授、本田悦朗静岡県立大教授、高橋洋一嘉悦大教授ら、いわゆる『リフレ派』と言われた人たちが、しっかり理論武装し、私の主張をバックアップしてくれました」とあるが、ここに名前の挙がっている御用学者らはいずれも正統派の経済学者ではない。
 ことに元財務官僚の本田と高橋は財務省の出世コースから外れた〝落ちこぼれ〟だという。両名の言説からは財務省や出世を果たしたエリート財務官僚への怨恨・憎悪が滲み出ており、実に醜い。財務省の抵抗を安倍の力で捻じ伏せてアベノミクスを強行することは、財務省に対する本田らの〝復讐〟という意味合いもあったのかもしれない。

失敗を認めた浜田宏一

 「金融緩和によってインフレ期待が高まればデフレから脱却できる」というリフレ派の理論の誤りは、当初2年で終わらせる予定だった大規模な金融緩和を10年もズルズルと続けてもデフレから脱却できなかったことを見れば自明だ。
 日銀は、安倍政権の下請けとして国債を爆買いし、また株高を演出するために上場投資信託ETF)を通じて日本株を大量に購入したものの、この10年間で安倍が強調していたトリクルダウンなるものは全く起こらなかった。賃金も上がらず、国民の暮らしも厳しいままで、貧富の差だけが拡大した。
 他ならぬ浜田宏一自身が本年3月、「東京新聞」の取材に対し「賃金が上がらなかったのは予想外。私は上がると漠然と思っていたし、安倍首相(当時)も同じだと思う」とトリクルダウンを起こせなかったことを自認している。
 その上で浜田は「ツケが川下(の中小企業や労働者)に回った」と問題を認め、「賃金がほとんど増えないで、雇用だけが増えることに対して、もう少し早く疑問を持つべきだった。望ましくない方向にいっている」「反省している」などと述べているが、時すでに遅しだ。
 大規模な金融緩和・放漫財政を長期間続けた結果、日銀の財務内容は著しく悪化し、政府はGDP比で世界最悪の大借金を拵えてしまったからだ。

事の重大さが理解できない安倍

 安倍は回顧録
 「国債発行によって起こり得る懸念として、ハイパーインフレや円の暴落が言われますが、現実に両方とも起こっていないでしょう。インフレどころか、日本はなおデフレ圧力に苦しんでいるんですよ。財務省の説明は破綻しているのです。もし、行き過ぎたインフレの可能性が高まれば、直ちに緊縮財政を行えばいいわけです
 などと脳天気なことを言っているが、この男には事の深刻さが全くわかっていない。
 現在日本は、安倍や黒田が意図したものとは全く異なる経緯で「インフレ」に陥っている。本年1月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比で4・2%上昇と、第2次オイルショックの影響で物価が上昇していた昭和56年9月以来、実に41年4カ月ぶりの上昇率を記録した。
 ところが、「物価の番人」である日銀は歴史的なインフレに直面してもなお金利を上げようとはしない。いや、正確に言えば〝上げられない〟のだ。
 なぜか。581兆円(本年3月31日現在)という政府の国債発行額の半分以上もの国債保有してしまった日銀は、金利がわずかに上がるだけで債務超過に陥ってしまうからだ。
 日銀の内田真一副総裁は先月29日、長期金利が2%上昇すれば日銀が保有する国債に約50兆円の含み損が生じるとの試算を示したが、そうなれば自己資本が約11兆円しかない日銀は実質的な債務超過に陥る。
 債務超過に陥り日銀が市場の信認を失えば円は暴落し、制御不能ハイパーインフレが日本を襲う。
 また日銀に金利を超低水準に抑え込ませて利払費を極小化したことで、政府は放漫財政を重ね、令和4年12月末で1256兆円、対GDP比では世界最悪の260%超という、日本を大借金国家にしてしまった。このような状態で金利が上がれば政府の利払負担は増加して、いずれ財政運営は危機的状況となる。
 かかる事態に至らしめたことがアベノミクスの最大の弊害なのだ。

〝最後の大物次官〟が反論

 令和3年10月、矢野康治・財務事務次官(当時)は「文藝春秋」に「このままでは国家財政は破綻する」と題する論文を発表し、日本を世界最悪の借金国家、氷山に激突寸前の国家にしたアベノミクスの無責任を諫めた。
 同じく「文藝春秋」本年5月号では「『安倍晋三回顧録』に反論する」と題して、〝最後の大物次官〟と言われる齋藤次郎元大蔵事務次官安倍晋三の戯言を「荒唐無稽な陰謀論」と断じ、痛烈な反論文を寄稿している。いわく
 「私がどうしても理解できなかったのは、財務省は〈省益のためなら政権を倒すことも辞さない〉と断じた部分です。……財務省の最も重要な仕事は、国家の経済が破綻しないよう、財政規律を維持することです。『回顧録』のなかで安倍さんは、財務省のことを〈国が滅びても、財政規律が保たれてさえいれば、満足なんです〉とおっしゃっていますが、財政規律が崩壊すれば、国は本当に崩壊してしまいます。大幅な赤字財政が続いている日本では、財政健全化のために増税はさけられず、そのため財務省はことあるごとに政治に対して増税を求めてきました。それは国家の将来を思えばこその行動です。税収を増やしても、歳出をカットしても、財務省は何一つ得をしない。むしろ増税を強く訴えれば国民に叩かれるわけですから、〝省損〟になることのほうが多い。国のために一生懸命働いているのに、それを『省益』と一言でバッサリ言われてしまっては……現場の官僚たちはさぞ心外だろうと思います」と。
 齋藤氏の発言からは、辞めれば済む無責任な政治家とは違う「元大蔵官僚としての矜持」と「国家を思う真面目さ」が伝わってくる。

財務省を憎悪する安倍

 ところが、ボンクラの安倍は財務省からアベノミクスの誤りを指摘され、また財務省を憎悪する御用学者らの入れ知恵により、ついには「財務省が謀略を構えて自分を陥れようとしている」との荒唐無稽な陰謀論に取りつかれたらしい。
 回顧録で安倍は
 「予算編成を担う財務省の力は強力です。彼らは、自分たちの意向に従わない政権を平気で倒しに来ますから
 「財務官僚は……安倍政権批判を展開し、私を引きずり下ろそうと画策したのです
 「内閣支持率が落ちると、財務官僚は、自分たちが主導する新政権の準備を始めるわけです。『目先の政権維持しか興味がない政治家は愚かだ。やはり国の財政をあずかっている自分たちが、一番偉い』という考え方なのでしょうね。国が滅びても、財政規律が保たれてさえいれば、満足なんです
 「私は密かに疑っているのですが、森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない
 等々と執拗かつ異常なまでに財務省を叩いているが、「敵」を作ってはレッテルを貼り、己を正当化せんとする自己中心的な発言には吐き気を催す。
 安倍の悪政の襤褸隠しでしかない回顧録は醜悪極まりないが、息絶えてもなお嘘を吐き続けるそのペテンぶりには呆れるばかりである。(天皷)