世相閻魔帳88「顕正新聞」令和6年2月5日号
先日、文化庁が全国の宗教団体の「信者数」等をまとめた統計資料である「宗教年鑑」の最新版(令和5年版)が公表された。
そこには、令和4年12月31日現在の信者数が掲載されている。
「確か宗門の信者数は前回が79万弱だったから、今回でようやく80万達成だろう」と、早速「日蓮正宗」の信者数を確認したところ、そこには
「78万6000人」
という人数が記載されていた。
「もしかして減っている?」
目をこらして何度見ても78万6000人なのだが、この人数は令和3年12月31日現在の宗門の信者数と比較すると、増えるどころか3500人も減少しているのだ。
参考までに「宗教年鑑」を基に、宗門の信者数の推移を示す。
78万2300人(令和2年末)
78万9500人(令和3年末)前年比+7200名
78万6000人(令和4年末)前年比▲3500名
いくらオママゴトのような宗門のデタラメ勧誘でも、さすがに一年を通して勧誘成果が全国でゼロということはなかろう。前年の7200名と同等の勧誘成果が出ていたと仮定すると、年間で一万名ほど信者が減少したことになる。
宗門では高齢化が進んでいるとはいえ、ここまで大勢の者が突然死亡したとは考えにくい。供養を貪る宗門に愛想をつかせて離反者が続出したのか。そもそも宗門は信者らに具体的な数字を示して「80万達成」と大ウソを吐いたのに、なぜ文化庁にはそれと異なる数字を報告したのか。
色々考えを巡らしても、結局、愚かな宗門のやっていることは我々の理解を超越しているため、答えが見つからない。何にせよ、宗門が迷走していることだけは間違いない。
以下、早瀬日如管長による「80万体勢」の偽計が大失敗に終わり、かえって信者が減少するという「末期症状」を呈するに至った宗門の惨状について触れておく。
80万達成宣言の大ウソ
まず従前の経緯を簡単に振り返る。
早瀬日如管長は令和3年元旦、平成21年に自ら企画した「80万体勢」(大聖人御聖誕八百年の令和3年までに宗門の信者数を無謀にも80万人にすること。御聖誕八百年の「8」をもじった単なる早瀬管長の思いつきとの噂もある)の〝達成〟を、宗門の機関誌で次のように宣言した。
「宗門は、去る平成二十一年七月、総本山に於ける七万五千名大結集の砌、『法華講員八十万人体勢構築』の誓願を立て、(中略)今回、見事に誓願を達成することが出来ましたことを心からお祝い申し上げます」(「大日蓮」令和3年1月号)
「宗門は此の大佳節を迎えるに当たり、『法華講員八十万人体勢構築』の誓願を立て、僧俗一致・異体同心して、勇猛果敢に折伏戦を展開してきた結果、日本国内寺院所属の法華講員の総計が八十万人を超え、見事誓願を達成することが出来ました」(「大白法」令和3年1月1日号)
しかし「宗教年鑑」(令和3年版)には、令和2年末時点の宗門の信者数は78万2300人とあり、80万には達していない。この数字は文化庁が独自に調査したものではなく、他ならぬ宗門が自ら文化庁に申告したものだ。
要するに早瀬管長は意図的か、或いは宗門の勧誘責任者だった布教部長の阿部日明(日顕の息子)に虚偽報告を掴まされたのか、その経緯は不明だが結果的に〝大ウソ〟の達成宣言をしてみせたのだ。
ちなみに阿部日明は勧誘成果の著しい低迷の責任を取らされたのか、昨年末に布教部長の任を解かれている。
全く進まない勧誘
令和3年元旦の大ウソの達成宣言の時点で、宗門は78万2300人(80万まで残り1万7700人)。いかに宗門といえども令和3年中には80万を達成するかと思われた。
しかし令和3年末時点の信者数は78万9500人。またも80万には届かなかった。
そして今般公表された令和4年末時点の信者数にいたっては78万6000人。勧誘は全く進まず、80万に届かないばかりか3500人も減少し、80万達成が遠のいてしまった。
「オママゴト」もここまでくると滑稽に見えてくる。
厚顔無恥な宗門
余談だが、妙観講々頭の大草一男が編集・発行に携わる宗門謀略紙「慧妙」(令和5年1月16日号)は〝宗教年鑑の数字は日本在住の信者数であり、妙観講のインド・ネパールにおける勧誘成果等(海外居住の妙観講員)は含まれていない〟などと見え透いたウソをつき、宗内の動揺を抑えようと試みたことがある。
しかし「顕正新聞」(同年2月15日号)に記載された本コラムにより、前記「慧妙」の主張だと平仄が合わなくなること、要するに「慧妙」の主張がウソであることを証明され、かえって80万達成宣言が完全なる虚構だったと白日のもとに晒されてしまった。
にもかかわらず、厚顔無恥の宗門は昨年12月19日付けの通達で信者等に対し、「法華講員八十万人体勢構築」を「完遂することができました」「異体同心の御奉公が見事に結実したものであり、誠に御同慶に堪えません」などと周知しているから、頭がクラクラする。
かような虚言体質の宗門が信者のみならず、社会からも信用を失う日はそう遠くないだろう。
宗門のバカげた大本営発表を愚かにも信じ、罪障を積むだけのオママゴト勧誘に駆り出された挙句、供養を毟り取られる信者ら(法華講員)が哀れでならない。
無能な水島が「総監」に
さらに昨年末、宗門のより一層の凋落を決定づける人事が行われた。
宗務役僧の人事において、管長に次ぐ宗門ナンバー2の役職である「総監」に、無智・無能・無道心の三拍子揃った水島日叡(前教学部長)が抜擢されたのだ。
自分が住職を務める「能安寺」(埼玉県所沢市)の信徒すらまともに指導監督できない水島に「総監」など務まるはずがない。水島の無能ぶりを示す具体例を一つだけ挙げる。
令和2年7月21日から31日にかけて、日ごろ水島から信心指導を受けていた能安寺の悪質な信徒が、顕正会本部に895回も迷惑電話を掛けるという常軌を逸した業務妨害事件が発生した。
かかる業務妨害が始まった直後、顕正会本部は能安寺に電話を掛け、当該信徒の犯罪行為を直ちに止めさせるよう求めた。
しかし能安寺は顕正会本部が被害を受けているのを面白がったのか、はたまた刑事事件に発展しないと高を括ったのかは知らないが、呆れたことにロクな対応を取らなかったのだ。
ために能安寺信徒は10日間も犯罪行為を続け、その結果、同人は警察に逮捕され、偽計業務妨害罪で罰金30万円の有罪判決を受けるに至った。
顕正会本部からの苦情を真摯に受け止め、直ちに当該信徒に適切な指導を行っていれば刑事事件に発展することはなかっただろう。能安寺住職である水島の監督責任は大きい。
摧尊入卑の極み
何より水島には信心の欠片も無い。
元学会員の水島は、未だに池田大作一党が苦し紛れに考案した「『国立戒壇』という語は御書にない」などといった幼稚なタバカリを弄し、御本仏一期の御遺命たる「国立戒壇」を口汚く誹謗している。
それだけではない。水島が住職を務める能安寺の公式サイトには、身延派等の邪宗日蓮宗の寺院と見紛うような驚愕の悪言がデカデカと掲載されていた(本コラムの指弾を受けてか、現在は公式サイトごと削除)。
「当寺は、釈尊(お釈迦様)に始まる仏教を唯一正統に伝える伝統宗派である日蓮正宗のお寺です」
「ほかの伝統的な宗派のお寺と同じく、当寺も日蓮正宗という伝統宗派のお寺です。しかし、当宗は、お釈迦様が教えたとおりの教義を厳正に守り今に伝える唯一の宗派です」と。
あろうことか、水島は大聖人様が久遠元初の自受用身・末法下種の御本仏であることを敢えて伏せ、「釈尊(お釈迦様)に始まる仏教」「ほかの伝統的な宗派のお寺と同じ」などと述べて一般世間に迎合していたのだ。
これ摧尊入卑の極みと言うべき悪言であり、浅井会長が一月度総幹部会で痛烈に糾弾された学会の「未曽有の邪教化」と全く同一である。
水島に大聖人様に対し奉る信心が全く無いことは、この一事を見ても明らかだ。
かような水島を能化(次期管長候補)から外すわけでもなく、能化のまま宗門ナンバー2の総監に抜擢した早瀬管長の人事を見れば、いかに宗門が仏法・世法の両面で狂っているのかが優に理解できよう。
顕正会以外にはない
本年の早瀬管長の「新年の辞」(「大白法」令和6年1月1日号)では
「依然として『新型コロナウィルス感染症』の勢いが止まず、為に折伏活動も思うようにいかず、各支部共に苦戦を強いられていますが……」
などと勧誘が進まない理由を「コロナ」のせいにしていたが、そんなものではない。偽戒壇・正本堂が崩壊した後も「国立戒壇」建立という御本仏一期の御遺命に違背し続けているゆえと、いい加減きづくべきだ。
事実、唯お一人で御遺命を守護し奉られた先生ご統率の顕正会は、コロナ禍の中にも用心堅固にしなやかに折伏弘通を進めた。
また昨年の最終法戦には先生の御逝去という、皆が到底言葉にできないほどの深い悲しみを味わう中にも、先生の名代として直ちに陣頭指揮を執られた会長の下に一結し、ついに過去最高の弘通を成し遂げた。
「極限の大謗法」と「未曽有の邪教化」を遂げた学会、戒壇の大御本尊様を「営利の具」とし、今なお御遺命に違背し続けるゆえに、凋落が止まらず惨めな末期症状を呈している宗門の姿を眼前にしては
「御遺命を守護し奉った顕正会こそ、御遺命成就に戦う資格と責務がある」
「広布最終段階に御奉公させて頂くのは、御遺命を守護し奉った顕正会以外には、断じてあるべくもない」
との先生のご指導を強く実感するとともに、「早く大聖人様の唯一の御遺命たる国立戒壇建立を実現しなければ」との決意を堅めずにはいられない。(天皷)