世相閻魔帳118「顕正新聞」令和8年11月5日号
日蓮正宗の早瀬日如管長は説法のたびに〝謗法厳誡は日蓮正宗の宗是〟〝邪義邪宗を破折しろ〟などと口にしているが、これらは所詮口先だけの説法である。
その証拠に早瀬管長は海外の宗門僧俗の謗法与同を放置・黙認している。
海外の宗門僧俗の逸脱ぶりは凄まじく、ことにインドネシアにおいては昨年9月、同国にある宗門末寺「法清寺」住職の戸沢良昭と信徒らが、イスラム教やキリスト教の指導者らを招いて「国民調和のための宗教を超えた共同祈祷会」と称する悍ましい謗法与同の集会を開催し、〝あらゆる宗教と一緒に祈祷し、調和する姿勢が大切〟などと主張し、早瀬管長の説法を完全に無視する有様。
早瀬管長や海外部長の漆畑日実らが、それらの謗法与同を黙認しているため、インドネシアの宗門僧俗の逸脱ぶりは止まる所を知らない。
いくつか例を挙げよう。
寺院内で邪教徒と交流
本年4月25日、戸沢は〝さまざまな宗教的背景やコミュニティを持つ若者たちのために、温かみのある宗教間の交流の場を創出する〟等々を目的に掲げる「Generasi Literat」と称する団体(大半がイスラム教徒)のメンバーを法清寺に招き入れ、「Hang Out Kebhinnekaan ke-30」(第30回・多様性を楽しむ交流会)なる異宗教間の交流イベントを開催した。
現地メディアによると、このイベントでは後述する戸沢の挨拶のほか、法清寺僧侶による「仏教の伝統に基づく祈り」(勤行のことと思われる)、インドネシア国歌斉唱、参加したイスラム教徒らとのディスカッション、くだらない集団ゲーム(室内遊び)に皆で興じるなどし、最後には記念品の贈呈や法清寺内での記念撮影等を行うなど、日蓮正宗とイスラム教の仲良しアピールをしたらしい。【写真①】
この交流会の模様を現地メディアは
「単なる交流の記録にとどまらず、異なる宗教間の対話が可能であるだけでなく、今後もそれを大切に育み続けなければならないことを象徴するひとときとなった」などと報じ、法清寺で開催されたイベントが早瀬管長の言う「謗法厳誡」とは真逆の精神(宗教寛容)の象徴になったと好意的に報じられてしまっているのだから目もあてられない。
戸沢の言動を見るに、恐らく彼は「折伏など反発を買うだけ。御金言など知ったこっちゃない」と思っているに違いない。
〝正しい宗教を決めず互いに学び合う〟?
では、イベント当日の戸沢の言動を確認してみよう。
現地メディアによると、戸沢は開会の挨拶においてイベントへの参加に感謝の意を表し、大半の参加者が仏教寺院に足を踏み入れたことが初めてのイスラム教徒であることを念頭に、「イスラム教と仏教など宗教の『違い』は人々を隔てる壁ではなく、互いに学び、理解を深めるための『窓』である」などと述べたという。
気になるのは、戸沢が参加者のイスラム教徒らを法清寺の御宝前に移動させて行なったというディスカッションの内容だ。
これについてイベントの主催団体は後日、SNS上でこのように振り返っていた。
「私たちは肩を並べて座り、互いを知り、互いの話に耳を傾けました。誰が最も正しいかを決めるためではなく、多様性の意味を互いに学び合うためでした」と。
そうだとすると、戸沢は最初から〝大聖人の仏法とイスラム教のいずれが正しいかを決めるためではなく、互いに学び合う〟目的でイスラム教徒を寺の礼拝室に招き入れたということだ。
また参加者から「彼らの祈り方(勤行)には深いものを感じた」「祈りが魂の中に入り込んでくるようで感動と驚きを覚えた」との感想が上がったことからすると、戸沢は邪教を信仰する者たちを前にして、折伏もせずに、勤行している姿を見せて悦に入りながら、御宝前で遊戯雑談していたことが窺われる。
いったい何を考えているのか。
大聖人様の
「謗法の者を責めずして徒に遊戯雑談のみして明かし暮さん者は、法師の皮を著たる畜生なり。……法師となる義は一つもなし」(松野殿御返事)
との厳しき誡めを何と心得るか。
バカ騒ぎの御会式でカネ集め
かかる度し難い禿人どもは、御多分に洩れず「御会式」をイベント化してカネを集めている。
本年10月にインドネシアの末寺等で開催された御会式では、信徒がダンスや歌を披露するなどしてバカ騒ぎしていた。
戸沢と同じくインドネシアに派遣されている宗門僧侶・土田法積が管轄する寺の御会式でも、終了後に子供たちがダンスを披露したり、民族衣装を着用した信徒が土田らの前であられもない姿で踊ったりし、土田を喜ばせていた。
戸沢の法清寺では信徒によるダンスや歌のパフォーマンス中、手作りの「募金箱」を持った信徒らがリズムに乗って体をクネらせながら会場を歩き回り、信徒から受け取った紙幣を団扇のようにしてヒラヒラ扇ぐなど下品な仕草をしてから募金箱に押し込むなどしていた。
法清寺のある女性幹部は「御会式を祝って寄付集め。ハハハ、なかなかの成果だったわ」とのコメントをSNSに投稿していたが、どうかしている。
仏弟子にとって最も重大な御報恩の儀式である御会式を、よくもこのようなバカ騒ぎとカネ集めの場に貶められるものよと言葉を失うものである。
桜と鳥居で御会式?
【写真②】は本年、インドネシアで開催された御会式後に現地信徒がその写真とともにSNSに投稿した画像だ。
左側に神社の鳥居、右側に日本語で「桜まつり」と記載されている。
補足しておくと、この画像を投稿した信徒は初心の者ではない。平成25年頃から宗門の行事に参加している人物だ。
十年以上も信心していながら、御会式を「桜まつり」と理解し、神社の鳥居が謗法であることも知らないらしい。
大半のインドネシアの信徒はこの程度のレベルだから、御会式でバカ騒ぎしたり、積極的に謗法と誼を通じたりしているのだろう。
以上、インドネシアの宗門末寺の逸脱ぶりを簡単に取り上げた。
御遺命を抛っても痛痒も感じず、ただ信徒の供養を狙う腐った禿人は速やかに還俗すべきである。(天皷)



