水島日叡(能化・教学部長)の摧尊入卑・食法餓鬼ぶり

世相閻魔帳⑮「顕正新聞」令和3年9月25日号

 日蓮正宗の早瀬日如管長は、良観講(妙観講)の頭目法華講大講頭を務める大草一男の〝謗法与同〟(ネパールでヒンズー教の本尊のほか、釈迦の絵像・仏像を祀った所為)を不問とし、大草に何らの処分も下さない腹積もりらしい。
 それもそのはず、早瀬管長は御本仏一期の御遺命に背いたまま平然としていられる禿人ゆえに、当然に謗法厳誡の精神を持ち合わせておらず、単に宗門僧俗から「ゴホッスショーニンゲーカ」と言われて悦に入り、信徒の供養を貪る「食法餓鬼」「法師の皮を著たる畜生」「法師と云う名字をぬすめる盗人」でしかないのである。
 そんな早瀬管長率いる無智・無恥・無道心の三拍子そろった禿人集団の代表格が、埼玉県所沢市の「能安寺」住職・水島日叡だ。
 水島の経歴は元学会員とやや特殊。学会員の供養で贅沢三昧だった当時の宗門僧侶の暮らしぶりに憧れを抱いたのかは知らないが、出家して今では宗門の「教学部長」、そして次期管長候補である「能化」の地位にまでのぼりつめた。
 無論、水島も大草と同じく御本仏一期の御遺命たる「国立戒壇」を口汚く誹謗している謗法の徒。法華講員を本山に集めて開催した法華講夏期講習会(令和元年)では
 「大聖人の御書に『国立戒壇』という言葉はありません。『国立戒壇』と言い出したのは、明治時代の立正安国会(後の国柱会)の創始者・田中智学です」
 と池田大作が言い始めた幼稚で使い古されたタバカリを得意気に披露し、〝顕正会員を破折しろ〟と発破をかけたようだが、水島本人が顕正会との法論から逃げ続けているのだから片腹痛い。過去に学会系の媒体で不品行を報じられた水島よ、どの口が言う。
 ちなみに、能安寺の所化・敦賀顕正会教学委員を前にして、早瀬管長と水島の「八十万体勢」達成時期の齟齬を責められ狼狽、同寺信徒は所属と氏名を偽って顕正会本部や地方会館に夥しい数の迷惑・無言電話をかけて業務妨害に及ぶ下劣ぶり。
 そんな水島一派の性根が現れているのが「能安寺公式サイト」だ。水島の信心と教学力の無さ、食法餓鬼ぶりを臆面もなく全世界に向けて発信してしまっているが、どこの邪宗の寺院かと目を疑ってしまった。
 以下、その内容を簡単に紹介する。

摧尊入卑の極み

 まず、能安寺公式サイト(「お問い合わせ」ページ)には、身延派の寺院かと見紛う文章が堂々と掲載されている。
 「当寺は、釈尊(お釈迦様)に始まる仏教を唯一正統に伝える伝統宗派である日蓮正宗のお寺です
 「ほかの伝統的な宗派のお寺と同じく、当寺も日蓮正宗という伝統宗派のお寺です。しかし、当宗は、お釈迦様が教えたとおりの教義を厳正に守り今に伝える唯一の宗派です」と。
 水島は種脱相対すら理解していないのか。一般世間と同様、仏教の元祖はインドの釈尊で、仏法はすべて釈尊に始まると思っているのか。
 まさか宗門の能化で教学部長という御仁であれば、そんなことはあろう筈もない。
 すなわち、水島は本山から課せられた「勧誘ノルマ」達成のため、日蓮大聖人が末法万年尽未来際の全人類を、三大秘法という根源の仏法を以て、現当二世にお救い下さる、実に久遠元初の自受用身、末法下種の主・師・親、大慈大悲の御本仏であられることを敢えて伏せ、「釈尊(お釈迦様)に始まる仏教」「ほかの伝統的な宗派のお寺と同じ」などと掲載して一般世間に迎合しているのだ。
 ゆえに、同サイトでは「日蓮大聖人」が御本仏であられることも、大聖人様が遺し給う御大法こそ「三大秘法」にてましますことも全く触れておらず、ただ「仏様」「仏様の真実の教え」との言葉でぼかしている。
 〝「日蓮大聖人」と言えば世間の抵抗があるので、世間ウケのよい「釈尊」を前面に出したほうが信徒を獲得できる〟と考えてのことだろうが、これ摧尊入卑の極みであり、断じて許されない。「恥を知れ」と言いたい。

食法餓鬼の実態

 次に、水島がいかに食い扶持を稼ぐための信徒集めに躍起になっているのか、能安寺公式サイトには「料金」「供養」に関する文章が多く掲載されているため、それを示す。
 「故人の方の納骨や仏事一般に関することも、随時ご相談に応じております。御供養(料金)についても、穏当なご提案をさせていただいております
 「(何か特別な料金はかかりますか?)いいえ、お葬式や回忌法要などの特別な儀式以外の、御講や通常行事へのご参加には、特に料金というのはかかりません。ただし、初詣、豆まきなどのオープンイベントはどなたでも参加できますが、そのほかの行事には、信徒として登録をしていただいてから参加できます
 「(納骨や先祖供養なども頼めるのですか?)はい、どんなことでもお気軽にご相談ください。…料金面についても、穏当なご提案をさせていただきますので、ご安心いただけることと思います
 「水子供養はやってもらえるのですか?)はい、もちろん承ります。…料金面についても、特に高額なことはありませんのでご安心ください」と。
 これはどこぞの営業案内か。「料金」について「穏当なご提案」「特に高額なことはありません」「ご安心」などと繰り返して一般人を勧誘する浅ましさ、未入信の者を「初詣、豆まきなどのオープンイベント」に誘い出して「信徒として登録」すればオープンイベント以外の行事に参加できるとする適当さは度し難い。
 ある宗門末寺では堂々と「過去帳代十万円・回向代二十万円」との貼り紙がしてあるらしい。
 また、別の末寺住職は〝信徒からの供養に上限は設けていない〟と公言しているという。
 公式サイトに先のような誘い文句を掲載しておきながら、あとで高額な供養を要求しているとすれば、もはや〝悪徳商法〟のそれに近いと言えよう。
 浅井先生は宗門の禿人について
 「収入が減れば、戒壇の大御本尊様を『営利の具』として御開扉料稼ぎに狂奔している。なんと恐れ多いことか。彼らには、大聖人様の御眼を恐れる道念がないのである。求めるのは己れの利益だけ。これを『食法餓鬼』と言う」
 と痛烈に喝破されたが、深く頷くばかりである。
 能化・教学部長の水島が住職を務める能安寺にしてこの為体、いかに況や他の寺院においておやである。
 池田大作に諂い御遺命違背に加担しただけでなく、未だに些かの改悔もなく、戒壇の大御本尊様を「営利の具」とする罰により、もはや宗門が末期症状にあることは明白である。
 宗門は大聖人様に対し奉り五体投地の懺悔をし、一刻も早く国立戒壇の正義を宣示しなければならない。(天皷)