世相閻魔帳

顕正新聞のコラム「世相閻魔帳」

「原発回帰」に舵を切った岸田首相の度し難い不見識

世相閻魔帳67「顕正新聞」令和5年3月25日号

 かつて浅井先生は「この日本は御本仏・日蓮大聖人の本国土、三大秘法が全世界に広宣流布する根本の妙国である。この麗しき日本を、断じて汚染させてはならない」と「原発廃絶特集号」等を以て原発の即時全廃・廃絶を叫ばれ、原発災害の恐ろしさを具に指導下さった。
 「放射能は、人間のDNAを破壊し、国土を居住不能にし、日本全土の食品を汚染してしまう。DNAが破壊されれば、遺伝子異常を引き起こして細胞が再生されずに急性死したり、あるいは5年・10年・20年のちに、ガンや白血病を発症する晩発性障害が出てくる。また子孫に正確な遺伝情報が伝わらないから、奇形児が産まれてくる。このように放射能は、生命活動の根幹ともいうべきDNAを破壊するから、他の災害とは全く異質の恐ろしさがある」と。
 また〝もし福島第一原発事故で水蒸気爆発が起きていたら「首都圏三千万人の避難」という最悪のシナリオが現実となっていた。あるいは浜岡原発破局的事故を起こしたら首都圏や静岡県などで約2500万人が死亡する可能性がある。若狭湾原発群が巨大地震に襲われたら京都・大阪・名古屋・東京が壊滅状態となり、日本列島の中央部全体が避難区域に指定される。さらに青森県六ヶ所村の再処理工場が大事故を起こしたら青森県だけでは済まず日本が終わる〟と。
 福島第一原発事故から今年で12年目を迎えたが、今なお「原子力緊急事態宣言」は解除されていないし、依然として廃炉の見通しすら立っていない。
 東京電力の計画では2021年に燃料デブリ(事故で溶け落ちた核燃料等が冷えて固まったもので、人間が近づくだけで即死するほどの超高線量)の取り出し作業を開始する予定だったが、格納容器の上蓋が極めて高濃度の放射能で汚染されていることがわかり、原子炉の土台が損傷する等のトラブルが頻発して未だに燃料デブリは1グラムも回収できていない。
 2023年度後半には2号機から耳かき1杯分の燃料デブリを回収する作業を始めるらしいが、1号機から3号機の地下に800~900トンもある燃料デブリをどのように回収するのか、また回収した燃料デブリをどのように処分するのかも未だに決まっていない。回収作業は実際には不可能とも言われている。

岸田政権の「原発回帰」

 それにもかかわらず岸田政権は先月28日、2014年4月に閣議決定された「原発依存度を可能な限り低減する」との政府方針を覆し、原発の再稼働推進に止まらず、原子炉の新設や増設まで進める方針を閣議決定した。
 また福島第一原発事故を教訓に定められた「原則40年、最長60年」(原発は運転開始から40年経過したら廃炉が原則。ただし原子力規制委員会が電力会社の延長申請を認めれば、例外的に1回だけ20年延長可)とのルールも変更。規制委の安全審査や司法判断等で運転停止していた期間を運転年数から除外し、その分を追加で延長申請できるようにする。これでは危険な原発であるほど60年超の運転が可能になってしまう。
 だが大半の原発は耐用年数40年で設計されており、運転停止中も原子炉圧力容器の劣化は進む。実際、原発が60年を超えて運転した例は世界に一つも無い。60年という上限の撤廃は「狂気の沙汰」としか言いようがない。
 規制委の石渡明委員(元日本地質学会会長)は「この改変、法律の変更というのは科学的・技術的な新知見に基づくものではない。安全側への改変とも言えない。審査を厳格に行えば行うほど、将来、より高経年化した炉を運転することになる。私はこの案には反対いたします」と最後までルール変更に反対を表明したが、最終的に賛成多数で可決されてしまった。
 「原発回帰」に舵を切った岸田の佞人ぶりには憤激がこみ上げてくる。

欺瞞だらけのその理由

 岸田は「原発回帰」への方針転換を正当化するために、ロシアのウクライナ侵攻に起因するエネルギー価格の高騰と電力需給の逼迫、さらには地球温暖化対策(脱炭素社会の実現)等を挙げているが、いずれも欺瞞でしかない。
 原発の新設は早くても2030年代というから、現在進行中の問題解決には何ら貢献しない。しかも原発は運転の有無にかかわらず膨大な維持費を要する。原発新設となればその費用や維持費の一部は国民負担だ。
 仮に電力需給が逼迫しているのであれば、原発よりも安価で早期建設が可能な再生可能エネルギーを増設すればよい。すでに一昨年の発電電力量の割合は原発が僅か6.9%、再エネは20.3%を占めている。政府は原発ではなく再エネの普及に力を注ぐべきだ。
 そもそも原発地震等が原因で一たび事故が起きれば国家・国民に対し、金銭換算が不可能なレベルの潰滅的被害をもたらす。しかも日本は地震大国であるため、原発を稼働させている諸外国と比べて原発事故が発生する危険性が高い。
 加えてロシアのウクライナ侵攻によって明らかになったとおり、原発は武力攻撃に対して極めて脆弱で侵略国家が攻撃のターゲットにする恐れがある。侵略国家からすれば、核ミサイルを使わずとも単なるミサイルや砲撃等で使用済み核燃料施設や原子力発電所の送電線を破壊するだけで、相手国に核ミサイルと同等かそれ以上の被害を与えることができる。
 このように、すでに膨大な福島第一原発の事故処理費用を電気料金に混ぜ込んで国民から徴収しておきながら、〝国民の負担軽減〟とか〝地球環境に配慮〟等の名目で「究極の毒物製造機」たる原発の再稼働・新設を推し進める岸田政権の判断は常軌を逸している。

汚染水の海洋放出

 ちなみに、岸田は福島第一原発の事故処理で発生した放射性物質を含む「汚染水」の具体的な放出開始を「今年の春から夏」と示している。漁業団体などの合意を得られていないにもかかわらず、である。
 政府は汚染水に「ALPS処理水」などと天然水のような名前を付けて印象操作を行っているが、これには放射性物質トリチウムのほか、それ以上に危険なストロンチウム90、ヨウ素129、セシウム135等の放射性物質が依然として残留している。
 そのため「ALPS処理水」を船舶等から海洋投棄することは、海洋汚染の防止を目的としたロンドン条約や原子炉等規制法に抵触する。
 政府と東電はこのことを重々認識しているため、わざわざ陸上の汚染水貯蔵タンクから様々な設備を介して沿岸から約1㎞離れた放水口に至る長大な配管(海底トンネル)を設け、そこから汚染水を放出するという脱法的な手法(外形的にはロンドン条約が禁止する船舶等からの海洋投棄に当たらない)を採用した。実に姑息と言う他ない。

原発回帰の背景

 今般の「原発回帰」の背景には年間2兆円とも言われる膨大な原発マネーに群がる「原発利益共同体」との癒着関係は当然として、やはり岸田が経産省の言いなりになっていることが大きい。
 「FACTA」(2023年2月号)はその実態を明かす。
 「原発回帰は、支持を集めて選挙に強かった安倍(晋三)元首相ですら成し得なかったこと。ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー事情のひっ迫などで国民的理解を得やすい状況はあったものの、岸田さんは経産官僚の〝振り付け〟に素直に従ってくれた」(東京電力幹部)
 「岸田首相は一昨年10月の政権発足直後、原発再稼働ですら熱心ではなかった。それを変えたのは、元経産省事務次官で東電取締役でもあった嶋田隆政務秘書官です。嶋田氏は、原子力関係者の運命共同体である『原子力村』の重鎮として、『原子力の灯』を消すわけにはいかないと、原発の効能を日々、首相に訴え、〝洗脳〟していった」(官邸詰めの記者)と。
 ちなみに、嶋田は岸田の高校の後輩で付き合いも長いという。

弱腰なメディア

 情けないのは岸田の原発回帰を徹底的に批判するメディアがほとんど見当たらないことだ。権力監視という使命を捨てて政府に阿るメディアは害悪でしかない。
 たとえばNHKなどは今月4日・5日に放送された「NHKスペシャ
南海トラフ巨大地震」という番組で南海トラフ巨大地震の発生により想定される被害や防災対策等をドラマ仕立てで描いたが、なぜか同地震の想定震源域にある伊方原発愛媛県)や浜岡原発静岡県)等で重大な事故が発生するリスクについては全く言及がなく、原発の「げ」の字も出てこなかった。
 政権に忖度し、意図的に南海トラフ巨大地震によって重大な原発事故が発生するリスクを伏せたのだろうが、こうしたメディアの腑抜けぶりは実に度し難い。
 岸田は国家・国民を亡ぼしかねない原発回帰の方針を即刻撤回すべきである。(天皷)