世相閻魔帳

顕正新聞のコラム「世相閻魔帳」

総務省文書で露見した安倍政権の言論弾圧

世相閻魔帳68「顕正新聞」令和5年4月5日号

 野党議員が公表した放送法が規定する政治的公平の解釈変更を巡る総務省文書には、安倍晋三の側近が中央省庁の役人を呼びつけて恫喝し、国民はおろか大半の政治家すら知り得ない密室のやりとりだけで法律の根幹部分の解釈を安倍の意向に沿うものに事実上変更した経過が赤裸々に記録されていた。
 かかる独裁的手法で安倍が「言論弾圧」を行ったことを有耶無耶にするためか、安倍の子飼いだった高市早苗経済安保相は総務省文書を「捏造」と断じ、〝捏造の文書でなければ大臣も議員も辞める〟と安倍のマネをして啖呵まで切ってみせた。
 しかし松本剛明総務相が「全て総務省の行政文書」であることをあっさり認めたことで、高市は窮地に追い込まれた。それ以降、高市は安倍と同様に愚にもつかない答弁で辞任を拒否し、野党議員から「ずるずると答弁が変わり信用できない」と批判されるや「信用できないなら質問なさらないでください!」と色をなし、身内の自民党議員からも見限られている。見苦しいだけだからさっさと大臣も議員も辞任したほうがよい。
 以下、くだんの総務省文書を簡単に確認し、安倍晋三による言論弾圧を振り返る。

「政治的公平」の解釈

 文書は平成26年11月26日、当時、総理補佐官だった礒崎陽輔総務省(放送政策課)に電話をかけ、「放送法に規定する『政治的公平』について局長からレクしてほしい」と要求したことの記録から始まっている。
 従来、政府は放送法が規定する政治的公平について「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」(ある番組で安倍政権を批判しても、他の番組で安倍政権に肯定的な内容を放送すれば問題なし)と解釈してきた。
 しかし礒崎は「一つの番組でも明らかにおかしい場合がある」「絶対おかしい番組、極端な事例というのがある」と主張し、〝一つの番組だけでも極端な場合は問題視する可能性がある〟という解釈に変更し、テレビメディアに圧力をかけようとした。
 このことを総務省の役人から聞いた高市(当時、総務相)は「そもそもテレビ朝日に公平な番組なんてある?」などと述べた後、「官邸には『総務大臣は準備をしておきます』と伝えてください」と同調した(余談だが、かつて高市テレビ朝日の番組で立憲民主党蓮舫参議院議員と共にキャスターを務めていた)。

「ただじゃあ済まないぞ首が飛ぶぞ」

 その後も非常識な要求を続ける礒崎への対応に苦慮した総務省の役人らは、同省から官邸に出向していた山田真貴子総理秘書官(当時)に事情を説明。
 礒崎の傍若無人ぶりを聞いた山田は「今回の話は変なヤクザに絡まれたって話」と断じ、その問題点を次のごとく指摘している。
 「放送法の根幹に関わる話ではないか。本来であれば審議会等をきちんと回した上で行うか、そうでなければ(放送)法改正となる話ではないのか」
 「よかれと思って安保法制の議論をする前に民放にジャブを入れる趣旨なんだろうが、視野の狭い話。党がやっているうちはいいだろうし、それなりの効果はあったのだろうが、政府がこんなことしてどうするつもりなのか。礒崎補佐官はそれを狙っているんだろうが、どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」と。
 その上で山田は「国民だってそこまで馬鹿ではない」「総務省も恥をかく」「本件を総理案件から落とすよう総務省から礒崎補佐官にアプローチすべきではないか?」などと助言。
 しかし後日、総務省の役人らは礒崎から「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ。もうここに来ることができないからな」「この件は俺と総理が二人で決める話」などとヤクザ紛いの恫喝を受け、完全にまいってしまうわけだが、礒崎の茶坊主ぶりには反吐が出る。

言論弾圧は安倍の意向

 かくして礒崎と安倍の面談の場が設けられた。同席していた山田は面談終了後、総務省の役人に電話で次のとおり伝えている。
 「今井(尚哉)秘書官と自分から、(解釈変更は)メディアとの関係で官邸にプラスになる話ではない、等と縷々発言した」
 「これらの発言にもかかわらず、総理は意外と前向きな反応。総理からは、政治的公平という観点からみて、現在の放送番組にはおかしいものもあり、こうした現状は正すべき……等のご発言
 「総理から、……国会答弁をする場は予算委員会ではなく総務委員会とし、総務大臣高市)から答弁してもらえばいいのではないか、とご発言
 「総理は、『有利不利ではない』、『全部が全部とは言わないが、正すべきは正す』とのスタンスであった」と。
 なんと安倍は山田のみならず、最側近だった今井尚哉の忠告すら聞き入れず、放送法の解釈変更にゴーサインを出したのだ。
 実は礒崎が総務省へ最初に電話をかけた約1週間前、「NEWS23」(TBSの情報番組)に生出演した安倍が、同番組が政権批判の声を多く取り上げたことに「おかしいじゃないですか」とブチ切れ、その2日後に安倍の側近である萩生田光一らが在京テレビキー局に恫喝文書を送付するという一件があった。礒崎の動きはこれと軌を一にしたものと思われる。
 かかる経緯に加え、「この件は俺と総理が二人で決める話」との礒崎発言を踏まえると、礒崎は最初から安倍の指示で放送法の解釈変更に向けて動いていた可能性が高い。
 総務省の役人から安倍の意向を知らされた高市の第一声は「本当にやるの?」であり、「これから安保法制とかやるのに大丈夫か」「民放と全面戦争になるのではないか」などと懸念を述べ、「一度総理に直接話をしたい」と発言したという。どうやら高市自身は解釈変更にそこまで乗り気ではなかったらしい。
 だが高市が安倍に電話をかけたところ、安倍は「今までの放送法の解釈がおかしい」旨を発言し、実際に問題だと考えている番組(TBSのサンデーモーニングなど)を複数、例示したという。
 その後、礒崎が高市と質問者の質疑応答の「シナリオ」を作成し、平成27年5月12日、高市参議院総務委員会で「一つの番組のみでも……極端な場合においては、一般論として政治的に公平性であることを確保しているとは認められないものと考えます」と答弁し、放送法の解釈を変更した。

露骨な言論弾圧

 思い返すと、礒崎が総務省の役人らを呼びつけた平成26年11月以降、安倍官邸やその応援団がメディアに対し常軌を逸した圧力を露骨にかけ始め、その圧力にメディアが屈して政権批判を行うコメンテーター等が次々降板に追い込まれた。
 たとえば古舘伊知郎が当時キャスターを務めていた「報道ステーション」(テレビ朝日)のコメンテーターだった古賀茂明氏(元経産官僚)は平成27年1月、同番組で「I
am not ABE」などと発言。すると菅官房長官(当時)の秘書官だった中村格(前警察庁長官)が番組編集長に何度も電話をかけた後、電話を取り損ねた同人に「古賀は万死に値する」とのショートメールを送りつけて圧力をかけたという。そして古賀氏は同年3月末で降板となった。
 ちなみに、総務省文書には古賀氏が降板する数週間前の同月6日、礒崎が「(報道ステーションの)古舘も気に入らない」などと発言していたことが記録されている(古舘も翌年3月末に同番組を降板)。
 また平成27年11月には小川榮太郎、上念司、ケント・ギルバード渡部昇一らアベ応援団(大半が極右団体「日本会議」と親和性の高い者たち)が名を連ねる報道圧力団体「放送法遵守を求める視聴者の会」が、安倍を批判した岸井成格氏(「NEWS23」のメインキャスター)をバッシングする内容の全面意見広告を「読売新聞」と「産経新聞」に掲載し、岸井氏を降板に追い込んだ。
 平成28年2月8日には総務相だった高市が〝放送法を遵守しない放送事業者については電波停止もあり得る〟との恫喝紛いの答弁を行い、メディアを震え上がらせた。
 同年3月には「クローズアップ現代」(NHK)のレギュラーキャスターを番組開始時から務め、番組内で当時官房長官だった菅に対して安保法案に関する質問を粘り強く行った国谷裕子キャスターの降板が決定している。
 こうした事例が積み重なったことで多くのメディアは権力監視の使命を放棄し、自ら積極的に政権の意向を忖度し、政権擁護派のコメンテーターを番組に多く起用するなど腑抜けた御用機関に成り下がってしまった。
 安倍はこのような恫喝・介入をする一方で、総理就任後からメディア幹部と会食を繰り返していたが、岸田首相もそれに倣っているようだ。先月14日には総務省の文書問題が炎上中だったにもかかわらず、メディア(NHK、日本テレビ、読売新聞、日経新聞毎日新聞等)幹部ら6人が岸田と仲良くフレンチレストランで2時間にわたって会食していたから唖然とする。
 権力を監視すべきメディアの幹部と政権トップの会食など欧米では考えられないことであり、「癒着」「ジャーナリズムの腐敗」との謗りを免れない。
 総務省文書で露呈した安倍政権下における言論弾圧の実態はおぞましい限りだが、それによりすっかり牙を抜かれたメディアも恥を知るべきである。(天皷)